世界ぜんたいが幸せにならなければ、個人の幸せはありえない Part.2
2026.04.03

こんにちは。上田建築工房の上田です。
春の日差しがきらめく頃となりましたが
皆様いかがお過ごしでしょうか?
さて、前回のブログでお伝えした通り、3月5日~6日、中小企業問題全国研究集会が岩手の地で開催され、今回は2日目のお話をしたいと思います。
2日目には、岩泉ホールディングス株式会社 社長・山下欽也氏による記念講演とパネルディスカッションが行われました。
岩泉ホールディングスは、「地域に基幹産業をつくる」という地域の想いのもと、第三セクター事業として立ち上がりました。しかしその後、厳しい経営が続き、累積赤字は3億円にまで膨らみます。
社員が次々と退職していく中、白羽の矢が立ったのが、当時工場長だった山下氏でした。
生乳は安く買われる構造にある――
その現実を打開するため、ヨーグルトへの転換を決断します。
数ある美味しいヨーグルトの中で、どうすれば選ばれる商品になるのか。
考え抜いた末にたどり着いたのが、独自開発のアルミパウチヨーグルトでした。
この商品が起死回生の一手となり、ついに赤字を解消。
さらなる成長を目指して新工場を建設します。
しかしその年、台風被害により工場は壊滅的な打撃を受けてしまいます。
それでも、地域とのつながりを深めるイベントを継続的に開催し、地元の人々に支えられながら、再び立ち上がりました。
今では、あの 大谷翔平 が「思い出の味」と語るほどの存在となり、その影響もあって全国に知られる企業へと成長しています。
地域にとって、なくてはならない会社へと発展しました。
そして最後のパネルディスカッションでは、
陸前高田の企業から、
- 高田自動車 田村氏
- 八木澤商店 河野氏
- 橋勝商店 橋詰氏
の3名が登壇されました。
東日本大震災から15年。
震災当時から現在に至るまでの歩みが語られました。
地震発生直後、まず行ったのは仲間の安否確認。
その中で、商店街の文房具店の青年が、足の不自由な高齢者を丘へ運び続け、津波に巻き込まれたという話から始まりました。
このような行動が、自分にできるだろうか――
深く考えさせられました。
その後、津波被害を免れた高田自動車に支援物資を運び、コロッケを揚げるなどして「仕事」を生み出していったそうです。
そんな中、中同協前会長の赤石氏が現地に駆けつけます。
周囲が「大丈夫」と励ます中、赤石氏はこう語ったそうです。
「この震災はいずれ忘れられる。その時に本当の絶望がやってくる。その備えを怠るな。」
すべての事業所に足を運び伝え続けたそうです。
励ましではなく、未来の現実を見据えた厳しい言葉でした。
実際に、災害後は人口が30%から40%減少する現実があります。
赤石氏の言葉通りの状況が、時間とともに訪れていきました。
赤石氏は病を患っており、それが最後の講話となったそうです。
その後、経営者同士で決算書を見せ合い、どうこの難局を乗り越えるかを話し合ったそうです。
新たな市場を開拓する為、ヨーロッパで事業をはじめたり、赤字企業は事業転換を行い、互いに知恵を出し合いながら現在に至ります。
東日本大震災、そしてコロナ禍――
厳しい経営環境が続く中、震災前の設備投資の借入が15年経った今返済が始まり重くのしかかり、三重苦の経営になるといわれていました。
それでも前を向き、未来を見据えて行動し続ける姿に、涙が止まりませんでした。
そういえば、私は陸前高田をこれまでに2度訪れています。
2012年、そして昨年に奇跡の一本松を見に行きました。
この地に、再び奇跡が起こることを願ってやみません。
そしてまた、この地を訪れたい。
そう強く感じた2日間でした。

すべてに感謝

