晴れの国おかやま24時間・100キロ歩行 その2
2026.05.22

こんにちは。上田建築工房の上田です。
日中は汗ばむ陽気になってきましたね。
水分補給を忘れずに、健康に気をつけてお過ごしください。
さて、今回は前回のブログの続きをお話ししたいと思います。
スタートの合図が響き、一斉に参加者が歩き始め、いよいよ自分との戦いの幕開けです。
開催前から色々と相談に乗ってもらっていた「ブロンズチャレンジャー(5回以上の完歩経験があり、他のチャレンジャーをサポートしながら完歩が可能)」でもあるYT氏について行こうと決めていました。
しかし、YT氏は女性チャレンジャーのサポートのため、かなりペースを落として歩いており、私は河川敷を半分ほど歩いたところで、一人で前へ進むことを選びました。
その時は「少し遅いのでは」と感じていたのですが、今振り返ると、そのペースこそが100㎞を歩き切る本来のペースだったのだと思います。
百間川水門の数キロ手前で、同じチームのT氏と奇跡的に合流することができました。
この出会いが、この後どれほど自分を支えてくれる存在になるのかその時はまだ知る由もありません。
最初のエイド(軽食がもらえる休憩所)である「百笑(ももわら)」に到着すると、3回目で完歩したY氏が、笑顔の私を見ながらニヤニヤして声を掛けてくれました。
「上田さん、まだまだ余裕だね」
以前、経営合宿の際に見せてもらった、初参加時のY氏の写真。
備前中学校本部エイドで疲れ果てた姿で卵かけご飯を食べている写真を見て、私は大笑いしました。
今思えばチーム百笑でサポートしてくれたY氏は、“これから本当の地獄を知ることになる私”を、楽しそうに見ていたのだと思います。
百笑のエイドでは、経営面でも沢山の助言をいただいてきた方から、「ハイペースだよ」と教えてもらいました。

100㎞を歩いた経験などない自分には、ペースが速いのか遅いのかすら分かりませんでしたが、それでも「まだ余裕がある」という言葉だけで、どこか安心することができました。
その後もT氏と楽しく会話をしながら歩き続け、不思議と疲れは感じませんでした。
西大寺から邑久町へ向かう途中ではぐれてしまったようで、いつの間にかT氏の姿が見えなくなっていました。
その頃には、雨の中で傾いた道路を歩き続けていた影響が、少しずつ身体に現れ始めており、会話も減り、ただ前へ進むことだけを考えていました。
陽が沈み始めた頃、ようやく湯次神社へ到着。
私は18歳で働き始めて以降、1日7㎞以上を歩いた経験すらなく、すでに自分にとっては未知の世界に突入していました。
湯次神社では、暗闇区間へ向けてヘッドライトと夜行たすきのチェックが行われました。
その時、後ろから同じチームのM氏がやって来て、声を掛けてもらいましたが、会釈するのがやっとでした。
足はすでに棒のようになり、屈伸すらできない。
「とにかく座りたい」
そう思っていた時、自動販売機横の3段積まれたブロックに座っていた女性が、場所を譲ってくれました。
「助かります」
そう言って座らせてもらい、カッパを脱ぎ、ヘッドライトを装着していると今度は、同じように足を引きずるように歩く女性がやって来たので、私は立ち上がり、その席を譲りました。
さあ、気持ちを入れ替えて再スタート。
厳しい戦いになることは覚悟していました。
しかし、この先に待っていた光景は、想像をはるかに超えていました。
湯次神社から左折し、その先の角を曲がった瞬間、思わず心が折れそうになりました。
とんでもない急勾配の山道が続いていたのです。
足はすでに限界に近く、そんな状態で、この坂を登れるのか…。
「辞めるなら今かもしれない」
そんな考えが頭をよぎりました。
ここまで約40㎞。
傾いた道を歩き続けたせいで、腰も悲鳴を上げ、身体は限界を訴えています。
それなのに、まだ残り60㎞。
完歩できる姿が、まったく想像できませんでした。
「どうする、浩一」
「辞めるなら今だ」
「坂を越えてから諦めるくらいなら、今辞めた方が楽じゃないか」
そんな弱い自分との戦いが始まっていました。
それでも、歩みは止まりませんでした。
――諦めるのを、諦めよう。
倒れた時が終わりなのだから・・・
そう思いながら、一歩ずつ前へ進みました。
心だけは、まだ燃えていました。
『心を燃やせ』
大好きな言葉が頭をよぎりました。
残り60㎞、戦いはまだ中盤。
しかし、自分の気持ちは、すでに終盤戦に差し掛かっていました。
・・・つづく

すべてに感謝

